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キッチンではエプロンをつけた麗香と岡がてきぱきと料理を作っていた。 サラダ、カナッペ、オープンサンド。岡は元気を取り戻した麗香の側に 居られるのが嬉しく、いちいち麗香の指示を仰いではにこにこしていた。 晴天に恵まれ、暖かな陽の光が降り注ぐ竜崎家のテニスコートでは、蘭 子の審判を受けて、尾崎と藤堂が久しぶりのラリーを楽しんでいた。 すでに尾崎の腕前は入院前と遜色なく回復している様子が見て取れる。 「なんだ、ずいぶん調子がいいじゃないか。これじゃあ手加減無用だな」 と、藤堂が打てば、 「俺にはいつだって手加減なんかいらないんだよ」と尾崎が打ち返す。 ラリーはだんだん熱を帯び、ふたりは真剣になっていった。 「さあ、藤堂、尾崎。食事だよ」 むきになって打ち合いを続けているふたりに苦笑しながら千葉が声を掛けた。 芝生にしつらえた食卓にはすでに料理が並べられ、麗香たち女性陣が席に ついている。 ふたりもようやく席についたところで食事が開始された。 「藤堂、あとでひと勝負しような」 「すごいやる気だな。もちろん受けて立つぞ」 藤堂とのラリーで、自分の復調を確信した尾崎は機嫌よく飲んで食べ、ふと 思いついて 「そうだ、藤堂、混合で勝負しよう」と言い出した。 「ほら、西高祭の時のミックスダブルス、1セットマッチだけだったが、決着が ついていないじゃないか」 まだ宗方コーチが存命で、麗香たちが西高3年生だったあの西高祭、宗 方は4人に混合の試合を行わせた。1セットマッチ、ラストの1ゲーム、あと1球 で藤堂・岡ペアがジュースという場面で、ふたりはぶつかってしまい、そこで 中断という形になってしまったままだ。 「もう1セットあったら、絶対俺と岡さんが勝っていたよ」 「どうしてだよ。俺たちのほうが優勢だったよ」 「あ、あの、喧嘩になんかなりませんよね?」 あまりに白熱するふたりに、ひろみはだんだん不安になり、麗香にそっと 訊いてきた。 「藤堂さんも尾崎さんも大人げありませんわね」 くすくすと麗香が、しかしふたりに聞こえるように言うと、藤堂も尾崎もはっと して黙るしかない。 「仁も面白い試合をさせたのね。私も混合を見てみたいわ。岡さん、 どうかしら?」 話を聞いていた蘭子が、ひろみに問い掛ける。 もちろん岡も、久しぶりに麗香とプレイできるかもしれないとテニス道具は 一式用意していたので、話はすぐまとまった。 空の青さと、その広さを始めて意識したような気がする。ついさっきまで 藤堂とプレイしていたコートを踏みしめ、尾崎は空を仰ぎ見た。目を移せば、 同じコートの前衛に麗香の背中が見える。 藤堂とは何度もダブルスを組んで、全日本チャンピオンという栄誉も手に 入れている尾崎だが、やはり麗香とのダブルスは特別だ。 あの日、宗方にミックスダブルスを提案された時の心臓の高鳴りを、 尾崎は思い出していた。嬉しかった。同じコートに麗香がいるというだけで そのテニスは全く違った存在意味を持ったのだ。 武者震いひとつ。全身が総毛だってプレイ開始の声を待っているようだ。 ひとつの白球を麗香と共に返すことの出来る喜びの時が今始まろうとして いる。 あの時とはまるで違っているのは、麗香との心の繋がりだ。長い長い時を かけて、ようやく自分の想いを麗香は受け止めてくれた。それも、麗香の 方から。 思い切り走り回ってやる。どのボールも必ず返す。こんなにも爽快な気 持ちでプレイに臨んだことはなかったのではないか。 「腕が鳴る」まさに、その言葉がぴったりだと尾崎は思っていた。 「お蝶さま」 いつもと全く変わらぬ様子でラケットを握っていた麗香だが、声をかけ られると尾崎を振り返って、にっこりとうなずいた。 「尾崎・竜崎組サービスプレイ!」 青空の下、緑川蘭子の声が響いた。 藤堂は、尾崎のプレイにさっきまでと違うものを感じ、とまどっていた。 誰よりも尾崎のプレイは知り尽くしていると思ってきたが、この勝負に入って からの尾崎はまるで別人のようだった。フットワークが軽い。実によく動く。 球に食らいついてくるような激しい執念が見える。 そんな藤堂の動揺を突くように、ボールを返球してくるのだから、藤堂た ちは思わぬ苦戦を強いられていた。 あの西高祭以来、どちらも混合ダブルスは初めてのはず。なのにどうして こんな戦いにくい試合になっているのだろうと藤堂はいぶかしんでいる。 麗香のコンディションがいいからだろうか。確かに今日の麗香は今まで とは全く違う。そう、開放されたような伸びやかさがある。球威もコースも 素晴らしい。だが、それだけではない――。 藤堂は尾崎と麗香のコンビネーションがとてもいいことに気が付いた。 どこへ返球しても当たり前のように一方がカバーに入っている。お互いの 意思が言葉にしなくても通い合っている。 入院して以来、いくら理解を深めたとはいえ、このふたりのプレイは―― 藤堂・岡組は責めあぐねたものの、結局6−5、6−4とかろうじてスト レートで勝った。 ネット際でゲーム終了の握手を交わす時、藤堂は尾崎の手をぐっと握った まま、 「たっぷり話を聞かせてもらうぞ」と、すごんで見せた。 「いつ話そうかと思っていたよ。やっぱりわかるか?」 にんまりと笑った尾崎も藤堂の手を強く握り返す。 「わからないでどうする? やったじゃないか尾崎! よかったな! 今日の 勝利は、お前へのお祝いにくれてやるよ」 白い歯を見せて、藤堂は笑い、バンバンと尾崎の背中を平手で叩いた。 尾崎の方は満面の笑みでそれを受けている。 「いいねぇ、熱いシーンだねぇ。撮っちゃったよ〜♪」 千葉もやって来て、小突きあいに参加する。 藤堂たちの会話の内容がひろみにはさっぱりわからない。困惑して麗香を 見れば、麗香はただ優しい微笑を浮かべてタオルで汗を拭っているだけだ。 蘭子は審判台から降りてきて、麗香の肩をポンと叩いた。 ひろみはとうとう藤堂の袖を引っ張り、 「藤堂さん、お話がわかりません」と助けを求めた。 「ああ、岡さん。あのね、つまりね。尾崎の想いがかなったんだよ」と藤堂は 晴れやかな笑顔を見せた。 |
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