それぞれの道
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退院

月ライン

 病院から持ち帰る荷物はほとんどない。そのくらい麗香はこまめに別荘と
病院を往復し、尾崎の身の回りの世話をしていた。
 退院の当日も「迎えに来る」という家族の申し出を尾崎が「必要ない」と
断ったのは、なんといっても麗香との二人きりの時間を邪魔されたくなかっ
たからだろう。
 頭の傷を縫合する時に短く刈り込んだ頭髪も、入院中にずいぶん伸びた。
これなら藤堂や千葉に「ハゲ」とからかわれることも無いだろうが、腕や足は
細くなったような気がする。
たった5日間テニスの練習をしなかっただけなのに、筋肉の衰えはあっと
いう間で尾崎を焦らせた。
 尾崎の家族に会って、きちんとお詫びを伝えたいと麗香は別荘から尾崎の
家まで一緒に来た。家では尾崎の両親と妹の愛が待っていたが、麗香も一緒
だったので驚き、居間へ招き入れた。

 「この度はたいへんご迷惑とご心配をおかけいたしました。あたくしの
不注意から、尾崎さんに怪我などさせてしまいまして…」
三つ指をついて詫びる麗香に尾崎の父が
「さあさあ、お顔を上げてくださいよ。女性をかばって怪我をするなんて、男の
勲章ですよ。こいつもなかなかやるなって女房と笑っていたくらいですから」
と、豪快に笑いかけた。
「そうですよ。お蝶夫人に傷でも負わせたら、私が殴ってやろうと思った
くらいです。」
愛も調子に乗って横槍を入れる。
「なんだよ。誰も俺のことを心配していなかったのか?」
むくれる尾崎に母親がコーヒーを渡しながら、ため息混じりに言った。
「この子は思い込みが激しいのでねぇ、時々無茶をするんですよ。今回の
こともびっくりしましたけどねぇ。どうか竜崎さん、馬鹿なことをしそうになっ
たらブレーキをかけてやってくださいね」
 おおらかなその雰囲気に麗香もすっかり打ち解けて、コーヒーをいただき
ながら尾崎の子ども時代の話など聞いた。特に愛は麗香が家に来たことで
興奮し、尾崎に「いいかげんにしろ!」と怒鳴られるほどだった。
「ご両親もお気づきでしょうが、入院されていた間テニスが出来なかったの
で、筋肉がかなり落ちてしまったようです。もしよろしければ、あたくしの自宅
で筋肉トレーニングとテニスをする許可をいただきたいのですが」
「そりゃあ願っても無いことですが、ご迷惑じゃありませんか?」
「いいえ。これは父からの申し出なのです。リハビリのつもりで何日か逗留
してはどうかと申しております」
断る理由は何も無かった。用意が出来たらいつでもおいでくださいと麗香は
すずやかに尾崎家をあとにした。

moonアイコン
 
 「うーん。試合では何度も見ているが、実際間近に見ると本当に美しいなぁ。
おまえ、ずいぶん分不相応の恋をしているんじゃないのか?」
「わかっちゃいるんだけどさ、諦められないんだよね」
「そうだなあ。ま、応援するからがんばれよ。今回のリハビリがチャンスだな♪」
尾崎の父はからからと笑った。

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