それぞれの道
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対話

月ライン

 「おはようございます」
薄いピンク色でコーディネートした花束を抱えて麗香が病室に入ってみると
尾崎はベッドの上で読んでいた新聞をバサバサと畳んだ。
「あ、お蝶さま。おはようございます」
 思った以上に顔色もよく、相変わらずの人なつこい笑顔で挨拶を返されて
麗香もつい微笑んでしまった。
「尾崎さん、昨日はありがとうございました。こんなことになってしまって、
申し訳ございません」
深々と頭を下げ、詫びる麗香に尾崎はドギマギと
「嫌だなぁ。謝らないでくださいよ。俺がドジだっただけですよ。あの程度の
高さから落ちただけなのに、こんな大げさなことになっちゃって」
と、顔を赤くして答えた。
「ああ、でも本当にお顔を見たら安心しました。昨日はもう、あなたにどう
やって償おうかと気が気ではありませんでしたわ」
「ええっ!? 元来丈夫に出来ているんですからなんともありませんよ。どうか
もうご心配なく」
「そうはまいりませんわ。入院している間はテニスが出来ませんのよ。リハビリ
も含めてコンディションがすっかり戻るまではお世話させていただきますわ」
 お蝶さまと一緒の時間を過ごせるのは願ってもないことだと言おうとして、
尾崎はモゴモゴと口ごもった。
「お花を生けてまいります。先生にもご挨拶してこなければ。あ、そうそう、
ひろみからお手紙を預かっています。お見舞いにこられないので手紙を書く
だなんて、ひろみらしいですわね」
 麗香は手紙を渡すと花瓶と花束を持って、病室を出て行った。残された
尾崎は「ふぅん。岡さんからの手紙かぁ。藤堂に自慢してやろう♪」と手紙を
広げたのだが、読み進むにつれ、自分でも気づかないうちにその手に力が
入り、頬が高潮した。
 もうずいぶん長い間恋焦がれてきた麗香が傷ついた自分を抱きかかえて
泣いていたなどと、思いもしなかったのだ。
それは尾崎にとってショックですらあった。
 気を失っていて、その感触を全く覚えていないのが悔しかった。せっかくの
大接近だったのに!そんなに自分のことを麗香が案じてくれていたなんて!
 何度も何度も繰り返して読む尾崎はノックの音にさえ気がつかないくらい
だった。

 「ひろみのお手紙で元気が出たご様子ね」
くすっと笑った麗香が病室の入り口に立っていたので尾崎は面食らった。
「ええ、あの、岡さんも優しいなぁって思って…」
「そうですわね。昨日はあたくしの側にずっと居てくれたんですのよ。本当に
優しい子ですわ」
 花瓶を置き、麗香は尾崎に目を移して、あら? という顔をした。
「尾崎さん、パジャマじゃなくて寝巻きでしたのね?」
「あ、そうなんですよ。病院の売店にこれしか無かったって藤堂が買って
来てくれたんです」
「そうでしたの。そうやってベッドにいらっしゃると宗方コーチを思い出して
しまいますわね…」
 アメリカ渡航前、病院へ出発の挨拶に行った時、宗方はベッドで微笑んで
いた。あれが一同の最期に見た姿だった。いつも自宅で和服姿だった宗方
らしく、病院でも当然寝巻きを着用していた。
「――本当に、軽いお怪我ですんでよかったですわ。後遺症の心配もない
なんて、宗方コーチが守ってくださったのかもしれませんわね」
 ふたりはいつも澄んだ眼差しだった宗方の思い出話を始めた。
それをきっかけに西高の思い出、ひろみの活躍、自分のテニス環境や家族の
ことなど次々に話に花が咲いた。
 もちろんふたりきりで話をするのは初めてではなかったが、お互いに
新鮮な気持ちで多く語り合った。

月ライン

 麗香は翌日も、その次も、退院するまで病院へ通って来た。

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