それぞれの道
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衝撃

月ライン

 藤堂たちが現場へ駆けつけたとき、三人はその光景に息を呑んだ。
 麗香が血に染まりながら、尾崎をしっかりと抱きしめ、子どものように
泣いていたからだ。
「麗香! もう大丈夫だ」。総一郎が崖を降りて声を掛ける。
「救急車を呼ぶより、私の車で病院へ行った方が早いからね。乗り入れて
来たんだよ。病院にも連絡を入れてある。さあ、尾崎くんをこちらへ…」
 尾崎の無残なありさまに藤堂でさえ目を覆ってしまいたいほどだったが、
大切な友人の身体を総一郎とふたりで抱えあげ、ようやく車に運び込んだ。
「岡くん、麗香を頼むよ」自分の上着を麗香の肩に掛けてやると、総一郎は
運転席に乗り込んだ。
 病院へ向かう車を見送って、麗香と岡は別荘へ戻った。

moonアイコン
 
 「あたくしが落ちればよかった…」
 風呂から出て、着替えをすませた麗香に、ひろみがバラの香りのロシアン
ティーを差し出すと、麗香はようやくひとくち飲んでそうつぶやいた。
 部屋の中は充分に暖かいので、麗香が震えているのは寒さのせいではない
だろう。
「お蝶夫人、そんなにご自分を責めてはいけません」
 ひろみはいったいどうしたら落胆する麗香を慰めることができるだろうと
思いをめぐらせていた。いつでも冷静で、落ち着いた大人の女性といった
イメージの麗香が人目もはばからず泣いていたという事実は、ひろみの心を
締め付ける。あの光景がまぶたに焼き付いて忘れられない。もちろん尾崎の
容態も心配だが、麗香のことを姉のように慕い、尊敬しているひろみはこん
なに苦しんでいる様を見ることが辛いのだった。
「尾崎さんが帰っていらしたら、尾崎さんまで悲しみますよ。『あなたが無事で
よかった』って言っていただけないじゃありませんか。」
「あたくしが無事でよかった…と?」
麗香が顔を上げてひろみを見た。
「尾崎さんってそういう人でしょう? いつでもお蝶夫人のことを想って
いらっしゃるじゃありませんか」
 麗香は千葉の写真が入賞したフォト・アート展を思い出した。会場で多くの
人が写真に注目している中、麗香がひっそり帰ろうとした時、尾崎が追って
出てきて一緒に海へ行ったのだ。
「ひとりになりたい」と言う麗香に尾崎は「ぼくがいても貴女はひとりです」
と言った。
(彼はあの人ごみの中であたくしを見ていたから追って来たのだろう。そして、
あたくしの孤独に気が付いていたのだわ)
 そういえば、肉離れで入院した時も尾崎はまるで瀕死の病人に会うような
顔で病室へやって来た。そして「あなたの強さが悲しいのです」と言っていた。
 控えめで、でしゃばらず、まるで寄り添う影のように尾崎はいつも麗香の
側にいた。そしてさりげなく麗香を支えていたのではなかったか。
 麗香はめまいを覚えて、カップをテーブルへ戻した。
 そのことに自分は気が付いていなかったのか。気が付いていて、甘えて
いたのか。
 尾崎の笑顔が、悲しそうな顔が、テニスをしている時の真剣な眼差しが
次々と麗香の傷ついた心を覆っていく。傷口が癒されて潤ってゆくような
安心感がある。
(こんなにも彼は、あたくしの中で大きな存在になっていたのだわ)
麗香は立ち上がり、キッチンへ向かった。
「ひろみ、藤堂さんたちのために食事の用意をしておきましょう。ただ待って
いても尾崎さんが回復するわけではないし、病院から悪い知らせが来ないの
だから、大丈夫だと思うわ」
「はい!」ひろみも慌てて後に続く。
(大丈夫。大丈夫。しっかりしなくては)
自分の気持ちを落ち着かせながら、麗香はエプロンを着けた。

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