それぞれの道
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縁談
(2004年07月03日初稿)

月ライン

 父である竜崎総一郎から呼ばれて、麗香は部屋を訪ねようとしていた。
 大学生活を送りながら、テニスを日本全土に普及するために毎日が矢の
ように過ぎてゆく。
 もちろん自分でもコートに立ち、数多くの試合はこなしているが、それは
プロになるためのものではない。
 麗香ほどのネームバリューがあれば、様々な企業から後援のオファーが
ある。その美しく、華麗に舞うようなプレイ姿をCMに起用したいといった
ような企画まであった。
 しかし麗香はきっぱりとプロにならないと宣言してしまった。
自分が実の妹のように愛し、可愛がって育てた岡ひろみの計り知れない成長
ぶりは、まさしく世界へ羽ばたいて当然の実力だったし、まだ伸びるという
確信があった。しかし自分にはそれがない。
「やる以上はトップでなければ」
そう考える麗香がプロへの誘いを断るのは当然だった。
 唯一の望みだった岡ひろみとのダブルスへの期待も、ジャッキー・ビントの
出現で夢とついえた。
 その瞬間に自分はひろみを押し上げ、さらにそれに続く人材を育てる側に
回ろうと心に決めた。ゼロからスタートした地方トーナメントもようやく
軌道に乗ろうとしている。
テニスを愛する者として、まだまだやるべきことがある。自分にしか出来ない
ことも多いし、また共に精力的に動いてくれる頼もしい友人たちも居る。
 充実した毎日は更に麗香を美しく際立たせていた。

月

 「お父様、お呼びでしょうか」
理事は読んでいた書類を机に置くと、麗香にイスを勧め、自分も麗香の向か
いに座った。
「大学生活はどうかね?」
「はい。一日の時間が足りないくらい充実しておりますわ」
「そうだね。お前の活動は私の耳にも届いているよ。日本中、あらゆる所から
トーナメント参加希望が来ているそうだね。素晴らしいことだよ。多くの人が
間近に素晴らしいプレイを目にすることが出来る。その中から世界へ登って
ゆく者が必ず出るだろう。」
「ええ。ぜひそうあって欲しいものですわ」
理事はやさしく麗香を見つめ、その視線を自分の指に落とすと、「麗香」と
呼んだ。
「お前に縁談が来ているよ」
父の言葉はあまりにも思いがけなかった。
「お相手はお前も会ったことのある日塔商事の長男だ。先方はお前がプロに
ならないのなら、家庭に入ると思ったのだろうね」
 麗香の心はめまぐるしく動いた。
 今までテニスひと筋に打ち込んできた麗香には、自分が結婚してもおかし
くない年齢になっているという自覚などなかったからである。
 日塔商事の長男とは、確かに以前どこかのパーティーで一度会ったことが
ある。すらりと背の高い、色の白い男性だったと記憶している。だが、それ
だけだ。もちろん何の感情も無い。
「麗香、よく聞いて欲しい。これはいわゆる政略結婚のようなものだ。お前を
竜崎コンツェルンの娘と知って縁談を持って来られたのだから。だが、私は
お前の気持ちを最優先にしたい。お前の幸せが一番大切だ。だから縁談が
来ている事実はお前に伝えるが、断っても構わないのだよ」
 縁談を告げた時に麗香が受けるショックを総一郎は予測していた。しかし
告げなくてはならない。麗香とていつまでも自分の娘として手元に置いて
おくわけには行かないのだし、いずれは自分で自分の道を行かねばならな
いのだ。麗香自身もそういう年齢になっているという自覚が必要だろう。
「自分の将来についての大変重要な話だから、真剣に考えて返事を聞かせて
欲しい。大学を卒業したあと、どうしたいと思っているのか。
結婚についてどう考えているのか。誰か好きな人はいないのかね?
お前の正直な気持ちを、相手に伝えたいと思っているのだよ」

月ライン

 どうやって自分の部屋に戻ったのかも覚えていない。
麗香は後ろ手にドアを閉めると、ソファーに崩れるように倒れ込み、長い間
呆然としていた。

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