差し出された手タイトル

(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)

ヤマト「完結編」直後――2205年頃

moonアイコン

 珍しく官舎じたくでくつろいでいた加藤四郎のもとに、 さらに珍しく、佐々葉子
から連絡が入った。
短い航海から帰ってきたばかりだ。
「元気か――」ポンと画面に現れる姿は、これもまた珍しくカジュアルな
軽装で、背景は微妙に消してあるとはいうものの、近くにいるわけでは
ないらしいと知れる。だが、地上だろう――宇宙空間からではないらしい。
 料理を作りかけてエプロンをしてお玉を持ったままの四郎は、なかなか
これはこれで元ヤマト戦闘機隊長としてはユニークな眺めだとは思うの
だが、佐々はいつものように、余計な無駄口ははさまず、要件だけを
簡単に言った。
『明日からの休暇の間、二日ほど時間があるか』
「うん、作れるよ――貴女次第だけど」
 訓練学校に顔出して次の寄港時の相談と――戦士たちは合間を縫っ
ては後輩の面倒を見るように義務づけられている――健康診断と。それ
以外は地上でスケジュールが合う限りは彼女と居ようと決めているので。
もちろん、地上での短い時間、それなりにやることがないわけではない。
なかなか逢えない友人と逢ったり、実家にもたまには顔出して両親や
義姉さんや姪っ子甥っ子にも会って―― なついて尊敬してくれているらしい
甥っ子はそれなりに可愛いし、父さん母さんにとっては、いまや四人兄弟
のうち生き残って身近に居るのは俺だけになってしまったから。……一郎
兄さんはどこかにいるとは思うけどなぁ。銀河系の外の――。
 まぁそんなことだろうな、と彼女は答えて。
『付き合ってくれると、嬉しい。私は明日夜、戻るので。連絡する』
「了解――」
どこに居るんだとか、いつ地球へ戻ってきたのという間もなく、通信は
切れて。まったく色気もなにもないなといつものことにため息を吐く。
そうするうちに、スープが沸騰しそうになったので、慌ててそのオープン
キッチンに踵を返して。一人の夕食も嫌いではない、美味しいものを食
べるのは人間の基本だよと父も母も――やっぱり同じように戦艦乗りだ
った爺ちゃんも言っていたっけ。
 そうか、なんだろな。明日帰ってくるのか。久しぶりに会える。

 夜になって、連絡が入った。
『こっちから、行こうか、それとも、来る』
積極的に葉子から誘ってくるのは珍しいので、それだけでもうきうきと。
もちろん、彼女の官舎いえの方が居心地は良い。 一緒にいる時間はあっち
の方が長いせいもあるし、それに彼女は「いつ来ても良い」と言ってある
この官舎いえへはなかなか 足を踏み入れようとしないから。――単婚的な
関係になるのを避けたい本能が、そうさせるのだろう、と四郎は推察
している――どちらでも、と答えて。なら行くわね、とそれもまた珍しい
返事が返ってきた。
 食事は済ませてきたからと、かなり夜も更けた時間に現れた彼女は、
少し疲れた顔をしていたが機嫌は悪くなかった。明日は早いから1杯だけ、
と言ってグラスのバーボンを口にしながら。数週間ぶりに逢うために、
どこで何をしていたのか、といつものように、そんな報告会を。
無事だったのはわかっているから、地上に居る間くらいは 戦闘しごとのことは
忘れようと、共通の知人の消息など知らせ合うくらい。ヤマトがなくなって
からは――特に。僕が聞きたいのも同じことで、ほとんどは。
 それでも疲れているんだろうから。早く休みましょうねと。良ければ明日
から出かけたい、と言った。
 どこに行くつもりなの、と問いかけても、言葉少なに。貴方に見せたい
場所――そして会わせたい人がいると少し悪戯めいて微笑んで。
かわいいボーイフレンドなのよ、と、また思わせぶりに。
え? とこわばる僕に、莫迦なこと考えないのよ、とキスされて。そのまま
もう、何も考えられなくなってしまった。――だめかも。俺って。

月ライン

 地球上のどこへ行くにも、僕たちが使っている交通手段ならそんなに
時間のかかるものではない。もちろんコスモタイガーというわけには
いかないが、僕らが与えられている中長距離用のエアカーなら数時間の
距離。個人の車は持てていないから、公共交通機関を使えば、いつの
時代だよという程度には、地球の反対側まではそれなりに遠かった。
 それでも一泊で彼女と遠出するのは、仕事以外では初めてだったから、
それはそれなりにとても心躍るデキゴトではあった。休暇中とはいえ、
指定のエリア外へ出るには許可が必要――1時間以内にエマージェンシー
に対応できる必要があるから――軍服を着たままなのは仕方ないけれども。
だからのんびりと列車を模した長距離チューブの座席に座っていても
あまりはしゃぐわけにもいかず、もちろん市内交通機関などに乗るときは、
空席だらけでない限り、座ってしまうのもなんだか憚られて。すれ違う人と
普通に席を譲り合ったり、荷物を避けて声掛けたりを自然にこなす葉子
さんは、不思議なものを見ているみたいだった。防衛軍の制服――しかも
二人とも襟章の付いた尉官のもので――これはとても目立つ。仕方ないな
と思いながらも、休暇の旅行気分というのはそんなに味わえるものではない。
 だがしかし。

 
←TOPへ  ↓次へ  →目次へ
広告 [PR]ヒートテック  転職支援 わけあり商品 無料 チャットレディ ブログ blog