深き淵より
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 志朗は地球へ戻り、四肢ともに義肢を装着した。両親は先に地球の
病院へ転院していたが、母の状態は悪く、父は結局大学をやめて看護に
専念し、研究の全てを針生に託してアドヴァイザーとして支援している。
父の方から志朗に会いに来ることはやはり難しかったが、義肢を使い
こなせるようになったら、自分から会いに行こうと固く心に決めた。
作り物の手足を使いこなすのは、思った以上に難しく、熱も痛みも激しく、
時間がかかるだろう。けれども母には父が必要なのだ。自分にはチビと、
兄のように手を差し伸べてくれる針生さんがいる。

 久しぶりに針生は病院へ呼ばれてやってきた。義肢を付けてのリハビリ
に、志朗は激しい闘志で臨んでいるという。リハビリルームに近づくと、
チビの声が聞こえてきた。
「イイゾ、真田サン。新記録デス。昨日ヨリモ長ク歩ケマシタヨ」「たった
1メートルじゃないか」「イイエ。1000みりモ増エタンデス。タイシタモノ
デスヨ」「ちぇっ。バカにしやがって」「本気デホメテイルンデス。僕ヲ信ジテ
クダサイ」「わかったわかった――」
 志朗は針生を見つけると、照れ隠しに笑い、「この間はごめんなさい」と
頭を下げ、真剣な顔で「僕に科学を教えてください」と言った。
それから、チビを改造して欲しいんです。とも。
「チビとは長く付き合っていくから、この名前じゃかわいそうなんだ。新しい
名前を考えたので、認識信号を取り替えてください」
そうか。チビを気に入ってくれたんだね。それで、どんな名前を付けたの?
嬉しそうに針生が問うと、志朗はチビを撫でながら答える。
「未来までずっと友達だから、“ミライザー”っていうの」
チビはピコピコと音を上げ、どこか嬉しそうに見えた。

月アイコン

 あれから針生さんは、いったんチビを持ち帰り、ミライザーとして改良を
加えてくれた。
「志朗くんと楽しく過ごせるように、いろいろいたずらもプログラムしたよ」
針生さんは、下手なウインクをして、声をひそめて 「踊るし、お酒も飲めるし、
それに…、かわいい女の子のスカートだってめくっちゃうんだぜ」と教えて
くれたのだ。
子どもだった俺は、そんな機能を必要とすることはなかったけれど、ミライ
ザーは訓練学校へも持ち込み、本当に長い友人となった。全く余裕がなく、
命を振り絞るように送った学生生活で、とぼけたミライザーとの会話に、
どれだけ癒されただろう。
 ヤマトへの配属が決まった時に、これまでのつらい生活と、科学への
思いを忘れないように、大切で懐かしいプログラム基盤には針生さんと
ふたりでロックをかけた。ボディーは宇宙での作業に耐えられるように
装甲を強くした上で、大きなものに作り直し、新しく分析機能も搭載した。
それが、このアナライザーだ。
 血の通わないロボットに、ここまで人間臭い魂を作りこんだ針生さんは、
やはり天才だと思う。
 今も地球におけるロボット工学の先駆者であり続けている彼は、まぎれ
もなく俺の恩師なのだ。

月ライン

 「イッタイ真田サンハ、何年僕ト付キ合ッテイルンデスカ! 僕ハ真田
サンニコソ信ジテ欲シカッタ。ウマク言エナカッタケレド、ふぁんたむニ上陸
スルノハ危険ダト忠告シタデショウ?」
殺風景な真田の部屋で珍しく酒を飲みながら、アナライザーはまだ不満を
言っている。
「悪かったよ、アナライザー。すまん。謝るから機嫌を直せよ」
酒を注ぎ足し、その飲みっぷりに驚きながらも、真田の顔はにこやかだ。
 間一髪。それでも乗組員は全員無事だったし、ルダ王女も保護すること
ができた。ヤマトは現在シャルバート星への途上にある。
 四肢を失い、苦しみも悩みもしたが、今日までに掛け替えの無い出逢い
も多くあった。それだから今の俺がいるのだ。
 滅多なことで見破られたことのない完璧ともいえる義肢で、真田はアナ
ライザーの右手を握り「ありがとう。感謝しているよ」と言う。
あらたまったその言葉に、アナライザーは頭から湯気を吹いて照れた。

 科学という分野に終わりはない。自分は命ある限りこの道を進んでゆ
くのだ。隣にいつも、こいつを伴いながら――。

 イスカンダル、ガルマン=ガミラス、そしてシャルバート。
また新しい文化と、新しい科学をこの目で見ることが出来るのだと思うと、
真田の心は静かに燃えていた――。

――28 March,2006 初稿
――11 June,2006 第3稿
紗月

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