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「志朗くん!」 部屋の中に男が飛び込むように入ってきて、暴れる僕をシーツごと押 さえつけた。 「針生さん、僕はどうしたの? お母さんは、お父さんは、姉さんはどこ?」 目がくらむほどの痛みを覚えながら、ベッドを覗き込む針生さんを見上 げた。 「君は3日間意識がなかったんだ。ここは病院だよ。今先生を呼んだから ね。もう大丈夫だから落ち着いて」 つとめて静かに、針生さんはそう僕に言った。 「教授は君のお母さんの看病をしているよ。志朗くんが目覚めたことは、 ちゃんと伝えるから安心しなさい」 お母さんの看病……。お母さんは病気だっただろうか、と考えて、僕は夢で 見た怖い風景をまざまざと思い出した。 そうだ。僕たち家族と針生さんは、月の遊園地に来ていたのだった。 姉さんとロケットカーに乗ったっけ。お父さんとお母さんが見ていて、 針生さんも笑っていて、僕は嬉しくて―― ああ、そうだ。 対向車が来たんだ。 一方通行のアトラクションのはずなのに、すごいスピードの対向車が 突っ込んできて、僕と姉さんは… 「姉さんは? 姉さんはどうなったの!?」 嫌な予感がした。答えを聞くことはひどく怖かった。でも、聞かなくちゃ いけないんだ。 「姉さんは、どうなったの」針生さんの顔が、苦しそうにゆがむ。 「死んじゃったの…?」何も言ってはくれなかった。 明るい姉さんの笑顔が浮かんだ。 エプロンを付けて、台所にいる姉さん。 ゲームばっかりしていちゃだめでしょ、と、コントローラーを取り上げる 姉さん。 きれいに描かないとぶつわよ。と、絵のモデルになってくれた姉さん。 姉さんは――、もういないの? そこへちょうど医者と看護師が点滴の用意をしてやって来た。 「気が付いてよかったわ。さぁ、今日からちゃんと食べて早く元気になり ましょうね」優しそうな看護師のお姉さんがシーツをめくって僕の腕を 取ろうとし…… 「うわぁぁぁぁ―――」 そこに、僕の左肘から下は無かった。 滅茶苦茶に僕は暴れた。シーツを蹴飛ばし、ベッドから飛び降り、お父さん とお母さんを探して病院の中を走り回ろうとした。けれども、手足が重くて、 軽かった。 無かったのだ。左肘から先だけでなく、右肘から先も、 両膝から先も。 あるつもりで、どんなに足掻いても、僕はただ起き上がりこぼしのように、 揺れることしか出来はしなかったのだ。 「どうして?! 僕の手は、足は、どこにあるの―――?」 いやあああぁぁぁ――― また押さえつけられ、安定剤を注射されたらしい。 暴れる気力もそがれた僕に、針生さんは辛そうに事実を話してくれた。 正面衝突による事故で、僕の身体は激突してきた車体の下に潜り込み、 車支に手足が巻き込まれ引きちぎられてしまった。姉さんは高く飛ばされ て母の目前に落下し、ひしゃげて即死だったという。それを見てしまった お母さんは、気を失って、意識が戻った時には、精神が壊れ、入院中だと いうのだ。 だからお父さんは、お母さんに付き添っている。 目を離したら自殺してしまうかもしれないから。 「手足とも、半分残っただけでも奇跡的なんだ。それに、そのほうが 義肢を接続しやすいんだよ。命が助かって本当によかった」 針生さんは泣きそうな顔でそう言ったけど、僕は全然そんな風に思えない。 会いたい。 お父さんに、お母さんに、姉さんに、会いたい――。 針生さんから連絡を受けて、お父さんが病院へやって来た。お母さんは もう地球の病院に転院し、治療を受けているという。 「お父さん――」「志朗…!」 しがみつきたくても僕の手はもう無い。父さんはベッドに横たわる僕の頭を 抱え込んで泣いた。かわいそうに。かわいそうに。 そう何度も何度も言いながら僕の頭を撫で続けたお父さん――。 僕は呆然と考えた。 僕は、かわいそうな子どもなんだ。 いっそ死んだほうがよかったんだ。 だって、手も足も無い身体で、どうやって生きていったらいいのだろう。 生きていたって、お父さんやお母さんの足手まといになるだけじゃないか。 「お父さん、お母さんに付き添ってあげてね。僕は大丈夫だよ。元気になっ たら、僕のほうから会いに行くよ」 無理に笑顔を作って僕はお父さんを病室から送り出した。 元気になんかなるはずがない。僕はこの日、生まれて初めて死ぬことを 願った。 屈辱的な日々が始まった。 朝から、僕は何一つ自分で自分のことをできなかった。 ナースコールは身体をずらして、顎でボタンを押す。食事は針生さんが 口まで運んでくれる。トイレは車椅子に乗せられて便座へ座らせてもらえ ても、服は自分でおろせない。洗浄ボタンと乾燥ボタンも誰かに手伝って もらわないと押すことができない。顔を拭いてもらう。歯をみがいてもらう。 着替えさせてもらう。もう絵を描くこともできないし、ボールを蹴ることも、 もちろんできないのだ。 幻痛も激しかった。あるはずもない足首がじくじくと痛む。手の指先が 冷え、針で刺されるような痛みを感じる。神経をじわりじわりと蝕むような 痛みは、一日中止むことがなかった。 幻痒もあり、腕や足がむずむずと痒い気がした。もちろん掻くことは できなくて、じれったさに狂いそうだった。 楽しいことをしている時は、「止まれ」と願った時間の流れが、まるで ゆっくりと澱んでいるようで僕を苦しめた。窓の外の黒い宇宙と、病院の 白い壁を眺めながら「僕は生きながら地獄にいるのだ」と毎日思う。 看護師さんたちは、僕に「頑張れ」と言った。 どうやって頑張ればいいんだよ。何にも出来ないのに。 僕のことを憐れむな。同情なんかして欲しくない。 こんな惨めな日が、一体いつまで続くのだろう。 僕はまだ子どもだ。このまま大人になり、年寄りになるまで、ずっとこんな 思いをしながら生きていかなければならないのか。いっそ死にたいと 思っても、ひとりで死ぬことすらできない。それなのに、心と裏腹に、 お腹はすくし、トイレにも行きたい―――。 絶望と痛みと情けなさで、僕だって壊れそうだった。 フザケルナ――! そんな中で、猛烈に沸いてきた感情は、とても暴力的なものだった。 「傷口が安定してきたよ。志朗くん、地球の病院へ移って、義肢を付け ないかい?」うつろに日々を過ごす僕に、針生さんがそう提案してきた。 「義手があれば、また絵も描けるし、ロボットを組み立てることもできるよう になるさ」 そうだ。 義手があれば、手伝ってもらわなくても生活できるようになるだろう。 でも、だから何だっていうんだ。そんなニセモノの身体で、成長とともに 何度も取り替えなければいけない不自由な手足なんて、欲しいとも 思わない。死にたい。僕はもう死にたいんだ。 壊れたお母さんと、死んでしまった姉さんを受け入れろと言っても無理だ。 もう一日だって、生きていたくない。 「義手なんていらない。僕はもう死んでやるんだ」「志朗くん!」 「出て行けよ! お前だって、お父さんに言われて嫌々ここへ来ているん だろう? もうお前なんかに会わないからな!!」疲れて、 荒んでいた僕は、 針生さんを追い出した。食事を摂ることもやめた。誰も僕を殺してくれない なら、僕は僕を殺してあげるんだ―――。 死ぬことこそ、僕の希望だ。死ねば何もかもうまくいく。苦しみも痛みも 遠のく。 お母さん、待って。死なないで。 僕も一緒に逝きたいから―――。 |
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