夏休み
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照りつける日差しは、ようやく夕方の風を受けて弱まってきたようだ。しかし、 汗は相変わらず、じわりじわりと肌から湧き出て、顎の 先から地面に滴り落 ちる。 少年はオレンジ色に変わってきた空も、同じ色に染まろうとしている海も、 まったく無視して、幹線道路のはるか先をじっと見ていた。 夏休みの初日。この春から宇宙戦士訓練学校に入学した大好きな兄が、 もうすぐこの幹線道路の向こうからバスに乗って帰ってくることになっていた。 寮に入っているので、久しぶりの帰宅だ。 兄のいなくなった家庭は、少年にとって信じられない寂しさだった。 いつでも、どんなことでも話を聞いてくれ、休みの日にはたっぷり遊んで くれた兄は、10歳も年上で、少年を本当に可愛がってくれている。 「兄さんが帰ってきたら、最初に何から話そうか…」 何日も前から、そればかりを考えて過ごしていた。また逆に、訓練学校の 様子も聞きたくてウズウズしていた。 友人達の中でも、とりわけ視力のよい少年は、凝視した視界の中に小さな 点を見出し、すぐにそれがバスだと確信を持つ。 まだ遠く、小さくしか見えないその点に向かって、少年は立ち上がり、大きく 大きく両手を振って到着を待った。 「進! また大きくなったな!」 荷物をベンチに置くと、懐かしい笑顔に白い歯を見せて、兄は弟を抱き かかえた。 「うん。重くなった。日焼けもしているし、元気そうだな」 大きな手のひらで頭を撫でられて、進は嬉しそうに兄にしがみつく。 「お帰り! 兄さん!」 「ただいま。進。迎えに来てくれてありがとう」 ふたりは手を繋ぎ、照り返しの強い道を自宅へ向かって歩き出した。 色濃く寄り添って伸びているふたつの影は、ずいぶんと身長差があり、進は 自分の小ささと、兄の大きさを自覚したが、それは決して嫌なものではなく、 頼りがいのある兄の存在をいっそう心強く感じさせるものだ。 常に兄は、憧れであり、目標だ。自分も早く、兄のように大きくなりたいと繋い だ手の影を見ながら心の中で思っていた。 家の扉を開けたとたんに、香ばしい匂いが兄弟を包む。 「ああ、母さんのから揚げだ。このニンニクの具合が美味いんだよなー」 兄は大きく息を吸い込んで、「母さん、ただいま!」と台所の母に向かって声を 掛けた。 「あら、守、お帰りなさい。バスは定刻どおりについたのね。どう? 元気に やっていた?」 守の好物を何品も作っていた母は、エプロンで手を拭きながら、台所から出て きた。 「うん。元気元気。訓練はキツイけど、食事はたっぷり出るし、よく眠れている よ」 守は靴を脱いで玄関に上がると、「父さんは?」と聞いた。 「まだ仕事から帰っていないのよ。お風呂へ先に入ったら?」 父親は、町の総合病院で、臨床工学技師として働いていた。守の帰宅を 楽しみにしていた父が、この時間に戻って来ていないのは、患者に急変が あったのか、急患が運ばれてきたのかだろう。真面目な父のことだから。と 守は思った。 「うーん。進と先に入ろうかな。」 どうする? と、目で合図を送ると、進は「兄さんと入る!」と直ちに返事を した。 「そうか。じゃあ入ろうか。あ、その前に進にお土産があるんだった」 守は荷物の中から新聞紙にくるんだ物を取り出し、「傾けずに開けてごらん」 と進に渡した。 「なんだろう?」 小さな手で、丁寧に新聞紙をめくってみると、中には1/3程の土が入った飼育 箱が入っていた。 「…これ…」もしかして…進の手が震えている。そうっと蓋を取り、土の中へ指 を差し入れると、固い感触があった。 「ノコギリクワガタだ!!」 黒く、艶やかな躯体を持ったノコギリクワガタは、進の指につままれて窮屈 そうにもがいている。 「兄さん! これ、どうしたの!? 僕にくれるの??」 驚きと喜びとで目を丸く見開いた弟に、守はにっこりと笑って、 「同期の友達がくれたんだよ。実家が田舎で、雑木林を持っているんだけど、 そこで採れるんだとさ。弟が虫好きだって言ったら、送ってくれたんだ」 「うわあ! うわあ!!」進は夢中でノコギリクワガタを見つめている。 「メスも入っているぞ。ペアで飼ってごらん。デパートで売っている養殖ものと 違って、天然だから、丈夫で長生きするらしいよ」 「ありがとう、兄さん! 僕、大事に飼うよ。名前も付けてあげる。兄さんのお友 達にお礼のお手紙も書くよ!」 興奮した進は、すぐに名前を考え始め、お風呂の中でもずっとクワガタのこと を話していた。 |
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