待ち人



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 ガミラスからの攻撃をかわしながら、ようやく大気圏を離脱したヤマトの艦内
で、真田の仕事は堆積していた。
ろくにテストも行わずに積み込んできた新開発の数々をチェックし、整備が行き
届かなかった部分を修復しながらの旅である。
 また、乗組員の多くがまだまだ未熟な若い連中であることも、忙しさに拍車を
かけてくれていた。ヤマトをまとめる沖田艦長はさすがに貫禄があり、信頼の置
ける人物だったが、戦闘班長、航海班長、通信班長といった、本来ならベテラン
が座るべき部署に、まだ10代の青二才が、おっかなびっくり就いているのだ。
 沖田艦長から直接「第一艦橋内の若い連中を指導してくれ」と頼まれていた真
田は、そんな連中からも目を離さずに働いていた。
 もちろん、彼らもこの重大な任務に抜擢されたのだから、宇宙戦士としては優
秀に違いない。しかし、戦闘の実戦を伴う長距離航海を生き抜いていくには、経
験があまりにも足りず、何度も「若気の至り」としか言えない様な行動を取るので、
心細い事この上なかった。
 沖田艦長と新人たちは、あまりにも歳が離れすぎている。
ジェネレーションギャップを埋めるためにも、沖田は真田を適用したのかもしれ
ない。
 もっとも、忙しいほうがリエの事で気を揉む暇が無い分、救われていた。

月アイコン

 リエのように「死んで行った人の分まで精一杯生きる」といった前向きな姿勢を
真田は思いつきもしなかった。
 別に投げやりな気持ちで生きてきたわけではない。科学は人間を幸せにするた
めにあり、それを自分が証明するのだという信念も変わりはしない。
しかし、死んでいった戦友たちと、先立ってしまった家族に顔向けできないような
気がして、いつも心の中にはささくれがあった。
 宇宙要塞でのミッションの時、真田は自身の義肢に爆薬を隠し込んでいた。そ
の事実をリエが知ったら、きっと目を剥いて怒っただろう。
しかし、古代進と分かれて起爆装置を作動させる時、「これで自分も仲間の所へ
行ける」という妙な安堵感もあったのだ。
 だが結果的に俺は死ななかった。
俺は死神に見放されているのかもしれない、と思う。
真田はもう一度、自分より先に逝ってしまった愛しい者たちを思い起こした。
 惑星タイタンで見た、駆逐艦ゆきかぜの雪に埋もれた残骸がまぶたの裏にはっ
きりと浮かぶ。
地球の明日を憂いたまま、沖田艦をかばうように散っていった守は、愛する弟を
おいて、別れの挨拶もできなかった。
 そうか。それならば、あいつらの分まで生きて行こう。あいつらが喜ぶような
地球にしていこう。
 そして、もし自分が死んでも、誰も困る事が無いように、よりすぐれた技術を
持ち、科学におごる事のない人材を育てていかなければ。と、真田は決意し、己
の仕事に没頭して行った。

月アイコン

 航海も100日を過ぎたある日、真田の部屋をノックする者がいた。
「真田さん、いらっしゃいますか?」と呼ぶ声は、間違えるはずも無く、森ユキで
ある。
手元のスイッチでドアを開けると、ユキが、おずおずと入ってきた。
「工作室に行ったら、こちらだって聞いたので…」
 コーヒーが飲みたかったから、ちょうどよかった。と、微笑んで、ユキにカップを
差し出し、椅子をすすめた。
ユキは少し居心地悪そうに肩をすくめ、椅子に座って殺風景な部屋の中を見回し
ている。
「ドアは開けておいたほうがいいだろうな」と言う真田に、
「いいえ。閉めて頂けますか」とユキは答えた。
「ふむ」俺の部屋にユキが独りで来ている事を他の連中が知ったら、暴動が起き
るんじゃないか?
 真田は廊下を見回し、人影とアナライザーがいない事を確認すると慎重にドア
を閉めた。
「で?何か相談でもあるのか?アナライザーの事とか?」
あるいは、他の乗組員との恋の相談だとしたら、俺に話すなんて的をはずしてい
るぞ、と茶化してみる。
「いえ、あの…相談では無くて…」ユキはどういう風に切り出したらいいのか迷って
いるようだったが、
「佐渡先生に、なるべく他の人の目に付かないように真田さんに渡すよう頼まれ
た物があるんです…」
佐渡酒造から、人目をはばかって受け取る物とはいったい何なのか、真田には思
い当たる事が無い。
「真田さん…驚かないで、落ち着いて聞いてね」とユキは話し始めた。
「…朝倉センパイをご存知ですよね。…センパイ、宇宙出血熱に感染しているん
ですって…」
真田はコーヒーを取り落としそうになり、あわててユキにカップを支えられた。
「誰に聞いた!?」
反射的に出した真田の鋭い声に、ユキが縮こまるのを見て、
「ああ、大きな声を出してすまない。ただ、どうしてユキがそれを知っているのか、
見当がつかないんだ」となだめると、ユキはプリントアウトした一枚の医療ジャー
ナル記事を、真田に向かって差し出した。
 先日、ドメルが仕掛けたリレー衛星の影響で、一時的に地球との連絡が回復し
た時に佐渡酒造宛てに送られて来た情報だとユキは言った。
 『Dr.朝倉 宇宙出血熱と闘う』という大きな見出しの囲み記事に、リエが感染
したいきさつや、現在、自身を人体実験材料として提供し、新薬開発と治療法の
研究を自らも行っている事、研究の成果が数多く上がっており、リエはこの病気
の生存記録更新者である事などが書かれ、この治療方法が確立されれば、全
人類の大きな希望となるであろうと締めくくられていた。
 少なくとも、この記事が書かれた時点でリエは生きている。身体中に安堵が広
がり、真田は、ほぅっと大きな息をひとつ吐いた。
「知っていらしたのね?」
「ああ、前回の人間ドッグで話してくれた。」
「病気が病気だから、艦内で変な噂が立つとまずいだろうって、先生がおっしゃ
って…」
なるほど。佐渡先生の危惧している事が理解できた。
リエと親しい俺も感染しているとでも噂が広がれば、狭い艦内は一度にパニック
に陥るだろう。
「私たち、医学の知識がある程度あれば、出航して3ヶ月も経つ真田さんが感染
していないのはわかります。でも…」
「そうだな。いろいろな奴が乗っているから、無駄な懸念の種はまかない方がい
いさ」
 ユキは訓練学校に在籍していた多くの看護生が、研究室にいたリエを尊敬し、
目指していたと話してくれた。特に佐渡酒造は、真田の義肢を褒め、リエを褒め
ちぎっているのだという。
「このヤマトにも、真田さんのためにって、朝倉センパイはたくさんのスペアの
義肢と説明書を佐渡先生に託されているんですよ。なんども『よろしくお願いし
ます』っておっしゃっていたそうです」
 ユキは声を詰まらせ、涙を浮かべて
「素晴らしい方ですもの。絶対に病気に負けたりなさらないわ」と長い睫毛を震
わせている。
「そうだとも。きっと病気に勝って、元気になるさ。俺は信じているよ」
 真田は動揺するユキの背中をさすり、自分にも言い聞かせるようにそうつぶや
いた。
「さあ、もう泣くな。まるでリエが死んだみたいじゃないか。
俺の部屋からユキが泣きながら出て行ったら、他の連中に何を言われるかわかっ
たもんじゃない。
いいか、俺は何もしていないぞ」
 わざと明るく言って、もう一杯ユキにコーヒーを淹れてやった。さりげなく、
こんなこともあろうかと、用意しておいたビターチョコを添えて。
 
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