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どんな任務にも驚かないと覚悟はしていたが、九州沖の干上がった海底に埋も れた戦艦大和を浮上させるという計画を聞いた時には、さすがの真田も驚嘆した。 この古い艦を改造して宇宙へ飛ばして欲しい。 出来るだろうか?いや、 出来なければ人類は滅ぶのだ。と長官は言った。 なんという大掛かりで途方も無い計画だろうか。しかし、真田の技術者魂は久し ぶりのやりがいある仕事に勇み立つ。 なにより、「人類を救うため」という立場が嬉しかった。科学は人間のためにあると いう真田の信念を奮い立たせるに充分な任務であった。 第1級機密扱いで改造が加えられる事になり、ただちに有能な人材が集められ た。 しかし、ヤマトによる「ノアの箱舟」計画は、14万8千光年の彼方からもたらされた カプセルによって、大幅に変更されることになる。 大マゼラン星雲にあるイスカンダルまで渡航し、放射能除去装置を受け取ってく る事。それが新しい任務だ。 針の穴ほどの大きさから差し込むわずかな希望の光。 それは輝きを失った地球に差し伸べられた唯一の希望である。ヤマトがその光を もっと確実に、現実のものとして、青い地球を取り戻さねばならない。 波動エンジンと、その原理を利用した艦首波動砲の開発、超高速飛行を行うた めのワープ航法。きりが無いほどの課題を遮二無二消化して、どうやら発進の目 処が立った。 2ヶ月ぶりに、真田はリエと連絡を取った。 次の出航日と行き先、帰艦予定日が内示されたので、次回予約をするために訪 問したい事。他の患者のいない日を連絡して欲しい事。実にシンプルな連絡メー ルに、リエは「明日でも明後日でも都合のいい時に来てください」と返信してきた。 はて? と真田は首をひねる。そんなに暇なクリニックではなかったはずだ。 何日も待たされるのが普通だったし、ついに会う事は叶わずに、メールだけで任 務に就いた時もあった。二日も予約が入っていないという状態は、有りうるのだ ろうか。それとも偶然に空いているのか… 翌日、不信感を抱えたまま、真田はクリニックにやって来て、お定まりのスキャン を受け、診察室に入ると、既にリエは白衣を着て、緑の揺らぐ観葉植物の鉢を 横に置いた椅子に座って待っていた。 「どういうつもりだ!」リエを見たとたんに、真田は怒鳴っていた。 「いったい誰のために、こんな無茶なダイエットをしているんだ! 相手の男が痩せ好きなのか、お前が勝手に痩せようとしているのかは知らんが、 過激なダイエットが身体に与える悪影響を、医者であるお前が知らないはずは無 い! 即刻やめないと、取り返しがつかない事になるぞ!!」 リエはいっそう痩せており、化粧ではごまかせないほどのやつれた顔をしてい た。 真田は震えるほど胸が痛み、「必ずやめると約束しろ」と、詰め寄った。 「落ち着いてよ、志朗。私はダイエットなんかしていないし、『相手の男』なんて 存在しないわ。 全部きちんと話すから、座ってちょうだい」 リエは真田に椅子をすすめたが、言われるまま腰掛けた真田は、机の上に置い てある封筒を見て表情を硬くした。 「なんだ、これは。どういう事だ?」 白い封筒には「紹介状 Dr.ジュリ拝、Dr.朝倉机上」と書かれている。 「次の診察日に、もし朝倉クリニックが存在していなかったら、これを持ってジュリ のクリニックに行って欲しいの。先方には、先日の検査結果も、志朗のカルテも すべて送ってあるし、状態についての話もしてあるから」 真田には理由がわからなかった。 「どうしてここが無くなるんだ? 結婚でもしてクリニックをたたむのか? それとも そっちのクリニックに、リエが転務するのか?」 真田の質問に、リエは寂しそうに微笑んで答えた。 「どちらでもないわ。……私が死んでいるかもしれないからよ」 一瞬何のことかわからなかった真田だが、リエの言葉を何度か胸の内で繰り返 すうちに、パシッと音がして、心にひびが入ったような気がした。冷水を浴びたよう に寒気がして、呼吸が苦しくなり、目の前はただ真っ白く、何も見えなくなった。 冗談でこんな話をするようなリエではないことは、真田には充分わかっていた。 では、では――― 「私だって、他の医者に志朗のメンテナンスを頼むような事はしたくないのよ。 私に命があって、医療行為が出来る間は責任を持ってあなたの身体を預かるわ。 でも、死ぬかもしれないと告知を受けた身では、その時の処置を考えておかなく ちゃいけないでしょう?」 小さな子どもがイヤイヤをするように、真田は悶え、苦しんだ。 既に家族を亡くし、尊敬できる先輩や、多くの部下や仲間を亡くした。 つい先日は、親友である古代守が駆逐艦ゆきかぜと共に消息を絶ったと聞いた ばかりだ。 この上、幼なじみで主治医のリエまでが死ぬかもしれないと言うのか。 「志朗、ちゃんと聞いて。私は、宇宙出血熱に感染しているのよ」 リエの言葉に、真田がゆっくりと青ざめた顔を上げた。その恐ろしい病名を知 らぬ者は居ないだろうというくらい有名な感染病である。 感染して、潜伏期間が1〜2週間。発病してからは2ヶ月以内に80%が死に至る と言われている。発熱、嘔吐、出血、内臓不全など、その症状は変異を続け、 今現在決定的な治療法はまだ発見されていない。死ぬのを待つしかない病気と 言われているのだから。 「いつ感染したんだ? 前回来た時には、もう発病していたのか?」 搾り出すように真田が聞いた。 「感染したのは6ヶ月前だったわ。外宇宙から飛来した物といわれる棺を持ち帰 った探索艇があって、身元確認のための遺体解剖が行われたの。その遺体が、 特殊な義肢を装着していたから、私が呼ばれたのよ」 手厚く葬られたらしい遺体は、その棺からも、義肢からも、相当高度な文明を 持つ星の住人であることが想像できた。 義肢の開発や、研究用の素材となる物があるかもしれないという理由で、遺体 解剖などは、全くの専門外だったリエが、それを調査するために解剖に加わった のである。 「義肢の中には、保温機能があって、本人の体温と近い温度を保ち続けているで しょう? その保温機能のせいで、菌が死滅せずに繁殖していたのよ」 義肢の接合部分の取り外しは、勝手が違うだけに難しく、部品のひとつで指先に 怪我を負った。そこから菌が入り込んだのだと、リエは説明した。 地球外生物と接触があった場合、立場や身分にかかわらず4週間の隔離措置を 受けることが義務付けられている。リエは、隔離中に自分が感染した事を悟った。 すぐに知り合いの感染症研究医師へ連絡を取り、開発中のワクチンを投与して もらったという。一刻も早く、何らかの手を打たなければ、自分の死亡確率が高く なっていく。認可を受けている決定薬が無い以上は、開発中のワクチンでもすがる 思いだった。 「とりあえず、効果はあったのよ。私はこうして発病から半年近く生きているし、 第三者への感染力が無くなった事が確認されて、隔離棟から出る事が許されたん だもの」 「じゃあ、一命は取り留めたんだろう? ここからは回復していくんじゃないのか?」 かすかな希望を見い出そうとする真田に、リエは哀しそうに頭を振った。 「2ヶ月前より、回復しているように見える?」 絶望が再び真田の心に降りてくる。明らかにリエは痩せ細って来ているのだ。 「私は医者として、この病気を研究しているわ。発病してからはクリニックを閉めて いたんだけど、志朗の予約だけはちゃんと受けたかったの。」 そうか。どうりで他の患者の予約が無いわけだ――。 真田はうめくようにリエに言った。 「噂に聞いているだろうが、ヤマトに乗り組む事になった。週明けにイスカンダル 星へ向かって出航する。期間は12ヶ月。次回の予約を9月15日に頼めるか?」 リエは先ほどの紹介状を、真田のポケットに入れながら答えた。 「1年先に私が生存している確率は5%よ。でも、絶対に諦めない。私は、無念の 思いを抱いたままで死んで行った人の分まで精一杯生きるわ。けれど、もしも私 が死んだら、志朗が私の分まで生きてちょうだい。 ジュリは腕の良い医者よ。若くて綺麗で優しいわ。必ずジュリを訪ねて、メンテ ナンスを受けてね」 痩せて、落ち窪んで吐いたが、リエの瞳は澄んでいた。心からそう願っている 事は真田にもよく判ったが、素直に了解など出来るはずがない。 「他の医者にかかるくらいなら、メンテナンスは自分で行うさ。ここでリエの仕事を 見ていたから、何とかなる。」 リエは長いため息をひとつつくと、真田の手に自分の手を重ね合わせて言った。 「志朗の、この手が行う作業は、全て私が行っているのと同じだと思っているわ。 この腕から生まれた多くの技術や、発明への賞賛は、私への賞賛なの。 それが私の誇りよ。志朗の義肢はパーフェクトでなければならないのよ」 訓練士学校を終えたリエが、研究室に残るという話を聞いた時、真田はほっと したものである。少なくとも宇宙に出るよりは、安全だろうと思ったからだ。 常に前線に身を置く真田は、生きて帰れぬとわかっていて、死地に赴く戦友を 数多く見送ってきた。多くの若い命が消えて行ったが、それは戦場であり、軍人 だったからだ。 リエは民間人だ。軍人ではない。そのリエを身を呈して守ってやる事も、代わっ てやる事も出来ないばかりか、側にいて力になることさえ出来ない己の無力さを、 真田は呪った。 「…わかった…約束する…」 ふらりと立ち上がって、ようやく「では、9月15日に来るから」と言った。 いつもなら、リエは「帰艦を待っているわね」と見送ってくれるのに 「行ってらっしゃい」としか言わなかった。 「待っているとは、言ってくれないのか?」リエの切なさをわかっていながら、 言わずにはいられなかった。 「ごめんなさい。待っていると、約束はできないのよ」 「約束が欲しいわけじゃない。待っていると言ってくれればそれでいいんだ!」 真田の声が震えている。 座ったままのリエは、両手で顔を覆ってうつむき、やはり震える声で言った。 「…待っているわ…今度会ったら、また食事でもしましょうね」 「行って来る…」真田はもう、振り返らず出て行った。 |
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