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どれだけ時間がたっただろうか。地下都市にある建物では、外光から時間を 推し量るのは難しい。時計の針を見れば、すっかり夕暮れを示している。あと少し で作業が終了しそうだという頃になって、真田が声を掛けた。 「リエ、ここまでにしよう。」 「え? だって、もう少しじゃないの。今日のうちに完成させて、明日は健康診断に 入りましょうよ」 そう言いながら、作業を止めようとしないリエに、真田はきっぱりと厳しい口調で、 「やめよう。今日はこれ以上無理だ」と告げた。 「そのパーツも、さっきのパーツも作業に時間がかかり過ぎている。仕上がりに も満足していないだろう?」 「……」言い当てられて、リエは反論できなかった。 指が思うように動かず、パーツの完成度が保てない事を誤魔化せるような相手で はない。真田はいつも、食い入るようにリエの作業を見守っていたのだから。 もちろん、中途半端なままのパーツを取り付けるつもりは無かったのだが、あと どのくらい時間をかければ満足いく状態に作り上げられるのかは、リエ本人にも 分からなかった。 うつむいたまま、そっと器具を机に置いて「そうね」と小さく言った。 「顔色が悪い。今日は止めにして、美味いものでも食いに行こう」 スペアの義肢のまま、上着を羽織り、「外で待っている」と診察室を出た。 「肌寒いかもしれない。上着を着て来いよ」と言い残して。 バツが悪そうにクリニックから出てきたリエだったが、 「さぁて、何が食べたい? フレンチか、イタリアンか…」と真田が言ったのを聞いて、 噴き出して笑ってしまった。 「フレンチ!? イタリアン!? 志朗がそんな事を言うなんて、似合わない〜〜!」 思い切り笑われて、真田は真っ赤になって怒り始める。 「俺だって、正式な店で、正装して食べる事くらいあるんだぞ!」 実際、科学サミットなどが行われると、代表という立場で、真田は時折出席させ られた。様々な発明に対する授賞パーティーにも出る事が多い。似合おうが、似 合うまいが、正装もするし、各国の要人とも挨拶くらいは交換するだけの身である。 怒る真田に構いもせず、リエはその腕に自分の腕を絡ませると、 「洋食屋にしましょうよ。ほら、ビーフシチューとか、ロールキャベツとか。美味しい お店を知っているから、行こう、行こう♪」 と、ぐいぐい引っ張って夕暮れの歩道を大またで歩き始めた。 こうして白衣を脱いだリエを見るのはしばらくぶりだが、天真爛漫で人なつこくて、 自分のペースに真田を巻き込んでいく笑顔は、幼かった頃とあまり変化して いないように思う。 色の白さも、黒い大きな瞳も、左頬にひとつだけ出来る笑窪も、昔から真田が 見てきたリエのままである。 だが、さっき感じた顔色の悪さは、気のせいではなかったと、真田はもう一度 確信した。腕も細くなっている。 俺と同い年なのだから、恋人がいて、そいつのために美しくなりたいというような 女心がリエにもあるのかもしれないと真田は思った。もっとも、リエの身体のサイ ズについて関心を持った事など無かったのだが。 ふたりは間もなく、こじんまりしたレストランに入り、注文した料理がテーブルに 運ばれると、その香りに感激した。 人類が地下都市に移住して以来、食糧事情が悪くなってしまったのは仕方ない 事だ。 地上での農・林・漁業は壊滅的なダメージを受けた。 今やレストランで食事をするというのは、なかなか出来ない贅沢となってしまって いる。 けれども、体調の悪そうなリエをそのまま帰らせたら、きちんと食事を摂るかど うか心配だった。 ましてダイエット中だとすれば、ろくに食べずにいるかもしれない。 真田はリエが美味しく食べる姿を見て安心したかったのだった。 まずは「無事の再会を祝って」ワインで乾杯し、さっそく食事にとりかかる。 「ああ、これは美味い」と、真田は言い、「美味しい!」とリエも連発した。 食べながら、リエは多くを語り、真田はもっぱら聞き役に徹していたが、リエが 「ね、志朗とふたりきりで食事をするなんて、初めてだよね」と言われた事にちょっ と驚いた。 「そうか。訓練学校の食堂では食べた事があったが、ふたりきりでは無かったな」 と、真田は答え、続けて 「俺も、嫌な事に気が付いた…」と、つぶやいた。 「何? 何?? 何??」リエが身を乗り出すように聞いてくる。 「言いたくない」最初は口ごもった真田だったが、リエが強引に聞きたがるので、 「……リエとふたりで食事するのも初めてだが、女性とふたりきりで食事するのも 初めてだ……」と、ぶっきらぼうに答えた。 「えーーーっ!! 信じられない!? 本当なの!? あー、もう志朗ってオクテだ もんねー。生真面目で、堅物で…あははは―――」 「バカ、声が大きいぞ!」撃沈する真田だったが、リエの明るい笑い声を久しぶ りに聞いた。 「でも、私が初めてのデートの相手なら光栄だわーー♪お料理も美味しかったし、 今日はいい日だったなぁ」 店を出てから、大きな伸びをひとつしたリエは、機嫌よく鼻歌交じりにクリニック に戻った。 「ちょっと寝不足で体調が悪かったのよ。今日は早く寝る事にするわ。明日午前 中に今日の続きを作業して、午後から健康診断しましょうね。じゃあ、おやすみ なさい」 リエはひらひらと手を振ると、クリニックの上階にある自宅へ帰って行き、 真田はクリニック内の宿泊施設のベッドへ入り、久しぶりに平和な睡眠を堪能し た。 眠れる時にはたっぷり寝ておく。このご時世、それが戦士にとって一番重要な 事だから。 三日後、「OK。内臓にも異常はないわね。古傷も全部チェックしたけれど、そこ からの感染症も発見されなかったわ。これでいつでも次の任務に就けるわよ」 あの日以来、順調そうなリエは胸を張ってこう告げた。 「長官から直接予約があるなんて、きっと次の任務は険しいのね。長官が志朗に 期待をしているって事でしょうけど。でも無理はしないで。いいわね?」 「ありがとう――。新しい任務と帰艦予定日が決まったら、次回の予約を入れに 来るよ」 真田はいつもどおりの礼を言うと、科学技術局へ戻って行った。 |
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