告知
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 ユキは、しばらく古代と会わないように努めた。
もう二度と、嫌な古代の姿を見たくはなかったからだ。
それからのユキは、あれこれと理由をつけて艦長室にいるように心がけている。
実際、戦死した乗組員の荷物についてや、家族への報告、軍への書類の代筆な
ど、生活班長でもある、ユキの仕事は多かったのだ。
沖田のケアプラン実行と同時に、ユキは常にパンツスタイルのナース服でいるこ
とに決めた。たとえ排泄の介助を行っても、それはナースとして当然の仕事だか
ら、恥ずかしい事ではないと、無言のうちに沖田に伝えたかった。
ミニスカートでは移動介助が行いにくい。
笑顔を忘れず、さり気なく。
ユキはその細い腕で、全力を尽くして献身的に沖田の介護を行っていた。

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 何日か過ぎたある日、医療用ワゴンを押して、ユキが艦長室の前までやってく
ると、ドアの横に古代が立っていた。壁にもたれかかり、ポケットに両手を突っ
込み、少し拗ねたような表情で足元を見ている。
(こういう子どもっぽい態度も好きだったのに…)
しかし、先日の古代の発言を思い出し、ユキは無視する事に決めた。古代の姿な
ど見えないふりをして艦長室のドアをノックしようとしたのだが、その手を古代に
掴れた。
「何するのよ。これから清拭の時間なのは知っているでしょう? 邪魔だわ。
どいてちょうだい」
わざと冷たく、突き放すようにユキが言うと、古代は俯いたまま、「知っているさ」
と小さく言った。
「全身の清拭*1。ドライシャンプー。 手浴*2足浴*3、陰部洗浄…だったな」
あら。よく覚えているじゃない。
「分かっているなら早くどいてよ。惨めな姿の艦長なんて、見たくないんでしょう?」
「…………」
厳しいユキの言葉に、古代は返事をせず、黙ったまま一枚のメモ紙をユキに差し
出した。
「何これ? 8月16日森&古代? これが今日で…、17日古代&島、18日島&
南部、19日南部&相原――」
紙には連日、まるでリレーのように乗組員の名前が二人ずつ記されている。
「沖田艦長を風呂へ入れる当番の名簿を作った。みんなにはもう了解をとって
ある…」
ぽつりと呟くように言った古代の言葉に、ユキは思わず「あっ」と手で口を覆った。
「真田さんと佐渡先生にどうすることが艦長の身体にいいのか訊きに行ったん
だ」なるべく動いて、身体に刺激を与えた方が機能の低下を防げるんだって?
だったら、一緒に風呂へ入った方がいいんじゃないかって思ったんだ。男ふたり
がかりなら大丈夫だろうし、みんな艦長の介護を手伝うことを気持ちよく承諾
してくれたよ。
「古代くん…」
艦長室のシャワールームでは、狭くて介助しにくいから、普段使われていない大
浴場に機関部で発生するスチームを通してくれるように徳川さんに頼んだんだ。
ミストサウナっていうの? そんな感じになると思うけど、それでもいいだろう?
一言ずつ、ゆっくりと古代は話す。
大切なことを、ひとつも言い漏らすまい、というように。
「介護の事は分からないから、今日は俺がユキから手順や気をつけるポイントを
習う。明日からはそれをリレーして、順番に伝えながら一緒に入る。ガミラスか
らの攻撃もなくなって、戦闘班には手の空いている奴も多い…ダメかな…?
手伝わせて欲しいんだ…」
ユキの目を覗き込むように説明する古代の瞳は真剣で、ユキは涙が出そうになっ
た。
「俺、艦長が好きだ。父親みたいだと思っている。それが、状態が悪いって分か
ってショックだったんだ。信じたくなかった……。でも、現実である以上、俺も逃げ
ない事に決めたんだ」
あの発言を、古代くんは反省したのね? 艦長の状態は、大きなショックを受けて
当然だったはずだもの。私だって、泣きそうになるくらい苦しかった。でもこうして
艦長のために考え、みんなに相談し、協力を取り付けてくれたなんて――。
分かってくれたんだわ。と、ユキは考える。
沖田艦長の足の衰えは、老化に伴うものではない。筋肉の低下を防ぎ、努力
すれば現状維持だけでなく、回復も期待できるし、地球へ戻れば、もっと的確な
治療が受けられるのだ。
「大歓迎よ。ありがとう。古代くん」
熱くなった目頭を古代に見つからないように、ちょっとだけ拭い取って、ユキは
にっこりと笑い、古代を見た。
「すぐに入浴準備をするわ。私は、このまま入るけど、古代くんは水着を着用して
来てちょうだい。このワゴンは浴室へ運んで、車椅子を用意して来るから、準備
ができたら、もう一度ここへ戻って来てね。じゃあ!」
ああ、これでこそ、いつもの古代くんだ。それだけでユキは嬉しかった。頬が高
潮し、気持ちがウキウキした。
生き生きと指図して、ユキがワゴンを押しながらその場を去ろうとした時、古代
が小さく「なぁんだ。ユキも水着になるんじゃないのか」と言うのが聞こえた。
「こ、こ、古代くんのエッチ!!」
耳まで真っ赤になり、逃げるように浴室への廊下を急ぎながら、ユキは古代の艦
長への思いやりが嬉しく、胸が温かく動悸した。
大好き。
私、やっぱり古代くんが大好きだわ。
ユキの足取りは何日かぶりに、とても軽かった。
                  
(2005/9/08初稿、同10/10校了)

(*1)清拭せいしき
 介護用語。入浴ができない時などに、お湯を絞ったタオルで身体を拭くこと。

(*2)手浴しゅよく
 介護用語。お湯を用意して手を洗浄し、暖めること。

(*3)足浴そくよく
 介護用語。お湯を用意して爪先から足首位までを洗浄し、暖めること。

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