翼拡げて


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 デスラーの歩みに迷いはなかった。とある部屋の前で、タランと目を
合わせ、両側に分かれて一度にドアを破って突入する。床をすべる
ようにしてタランが工場長の足をなぎ払うと、転げてきた男をデスラーが
足で踏みつけ、その額に、ぴたりと銃の照準を合わせる。あっという
間だった。
「遊び慣れないものを持つと、怪我をするぞ」
タランが工場長の銃を奪い、縛り上げた後で、アネッサの戒めを解い
てゆく。
「お怪我をされたのですね。 おいたわしい――」深い傷ではないが、左腕
に止血を施される。
「閣下、将軍、申し訳ございません。不覚の至りでございます」 猿轡さるぐつわ
をはずしてもらって、アネッサは、まず、詫びた。
デスラーは銃を突きつけたまま「気にせずともよい。危険な目にあわ
せてすまなかった。何があったのだ?」と問う。
アネッサは事の顛末てんまつをかいつまんで説明した。
 ボラーの捕虜を返還していなかったと聞いたデスラーは、怒りのあ
まり肩で息をするほどだった。工場長に当てた銃口をぐりりとねじ込
むように押し付けながら、銃のロックを解除する。
「よくも私を愚弄してくれたものだ――」デスラーが引き金を引こう
とした時、アネッサが大きく叫んだ。
「殺してはなりません!」「…何故だ…」 おびえる工場長から目を離さず
に、デスラーは更に引き金を絞る。
「お願いでございます! どうか、どうか殺さないでくださいませ!!」
必死に頼み込むアネッサの声に、デスラーは目を閉じると、 苦々にがにがしげ
に、自分のこめかみを手で覆った。
「――“お願い”と、言ったのか――」
「はい、申しました。叶えてくださるお約束です」アネッサの声も、
もう大きくはない。
「この男は私とガミラスを愚弄ぐろうし、 君を拘束こうそくし、負傷させたのだぞ。
処刑されて当然だろう」デスラーはまだ、銃を放さない。
「総統――。私はその男をゆるせと 言っているのではありません。その
男の処罰を法に任せて欲しいと願っているのです。力による強引な政
治では、人民の反発を買うばかりです。どうぞ、公平な場でこの事実
を公表し、人民自らに処罰をお任せくださいませ」
 足首を強く縛られていたアネッサは、立つことが難しかったので、
這うようにしてデスラーと工場長に近づいて行き、「それに、この男
にはもう、戦意も殺意もございません」と言った。
ぐっと顔を上げたデスラーは、口惜しそうに唇を引き結び、前髪をか
き上げて銃を腰に戻した。
「君の願いを叶えるのに、期限を設定しなかった私が愚かだったよう
だ――。
タラン、連行しろ」
タランはデスラーが頼みもしないのに、工場長が汗を浮かべるほど強
く縛り直し、その耳元で「命が助かったと思うなよ。総統と彼女が許
しても、私は決して許さない。彼女の腕の傷が跡形もなく消えなかっ
たときは、お前たちが何処に居ようとも、この手で殺してやろう」と、
彼にだけ聞こえるように小さく、しかしはっきりと告げた。
 デスラーは、つかつかとアネッサに歩み寄り、横抱きに抱え上げ、
部屋を出る。
「だ、大丈夫です。歩けます。下ろしてくださいませ」ジタバタと降りよう
とするアネッサに、デスラーが冷たく「また“お願い”か?」と訊き、
その答えも待たずに、
「聞けぬ願いもあると知るがよい。歩けもしないくせに強がるな」と
続けた。
毅然きぜんとしたその態度に、 アネッサはもう、何も言えない。
「総統は安堵していらっしゃるのです。そのまま運んでいただきなさ
い」後ろからそう言ったタランは「余計な事だ」と、デスラーに睨まれた。
「無事でよかった――。もう誰の死をも望まぬ」
 デスラーの言葉は、深くアネッサの胸に刻まれ、危険の中へ身を投
じて自分を救いに来てくれたことを、一生忘れまいと思うのだった。
 
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