イスカンダルの蒼き空に
幕之内勉 三部作


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勿忘草
written by ポトス


 2200年。
ヤマトはガミラス本星での死闘に勝利し、イスカンダルの蒼い海に、満身創痍の
その身を静かに横たえている。それぞれの胸に苦い想いを刻みつつの、やっと
掴んだ勝利であった。



T.追憶―変わるもの・変わらないもの


 青い空の下、穏やかな波に揺られ、艦は静かに休んでいた。
 艦長代理の古代進は、生活班長の森ユキ、工作班長・真田志郎とともに、イス
カンダルの宮殿へと出かけている。艦内では、工作班を中心に修理が行なわれ
ており、機関部員もエンジンの整備に余念がなく、生活班も食料や日常物資の
確保に忙しい。
比較的手が空いているのは戦闘班、艦載機隊隊員たちだったが、それぞれの持
ち分を終えた者から、交代で上陸を許されていた。

 生活班のチーフのひとりである幕之内は、ひと仕事終え、ひとり甲板に上がっ
てきた。心地よい風に吹かれながら、甲板を歩いた。艦の舳先近くでどっかりと
腰を降ろし、空を見上げた。
 青い空を見上げたのは、一体何年ぶりだろう。艦載機隊の連中が飛びたがる
気持ちは、わからないでもなかった。青い空の下を飛んだことがあるヤツは、ほ
んの数人だろうから。
みながそれぞれに傷を抱えながら、それでも、乗組員たちは明るかった。

 幕之内はポケットから手のひらに収まる程度の包みを取り出した。ポンと角を
叩くと、ひょいと中の1本が顔を出した――煙草だった。料理人である幕之内が
煙草を吸うことは滅多にない。だが、どうにもやりきれない想いを抱えてしまった
時には、アルコールと煙草が、ほんの少しだけそれを紛らわせてくれることがあ
る。イスカンダルへ到着したという安堵と、道程はいまだ半ばである不安と。幕之
内は煙草に火をつけ、紫煙をひとつ吐き出した。

 今年の4月は何もしなかったな、と思う。マゼラン星雲に向け、ただひたすら
に、何もない空間を走っていた時だった。
先の見えない不安と一縷の望みを手に。

 イスカンダルの青い空の下、幕之内は29歳の春を迎えた。

宝珠ライン

4月1日は、俺の誕生日。
4月2日は、葵の誕生日。
4月3日は、湊の誕生日。

俺の誕生日には、チョコレートケーキとちらし寿司。
葵の誕生日には、チーズケーキとハンバーグ。
湊の誕生日には、アップルパイとグラタン。

年に一度のバースディラッシュだ。

幕之内まくのうちつとむ ――俺は、2172年4月1日生まれ。
幕之内まくのうちあおい ――姉さんは、2171年4月2日生まれ。
瀬戸せとみなと ――俺たちの幼なじみは、2168年4月3日生まれ。

 俺たちは4人家族だった。製薬会社に勤める父さんと、看護師の母さん。生ま
れは1年早いが、同じ学年の姉さん、葵。
隣の家には、母さんの幼なじみである彩季子さきこおばちゃんと ひとり息子の湊が住
んでいた。母親同士が幼なじみであるように、俺たち3人も幼なじみだった。

夜勤のある母さんと、1年の中で数か月は地質の調査に行ってしまう彩季子おば
ちゃん。俺たちは、ひとつ家族のようだった。俺にとって、彩季子おばちゃんはふ
たりめの母さんみたいなもので、湊は兄貴だと思っていた。

もちろん、葵は姉さんだけど。俺にとっては、張り合う相手でしかなかった。葵を
頼りにするには、1年の差など吹き飛ばす程に俺の身体はでかかったし、また湊
というあまりにも頼りになる存在がいたから。

俺は葵と張り合いたがり、葵は姉さん面をしたがり、ふたりはしょっちゅうケンカ
をしていて。そのケンカを止めるのは、湊の役割だった。

 小学校から帰ると、俺は一刻も早く遊びに行きたくて、部屋の机に鞄を放り投
げるようにして出かけようとする。そこを、葵のヤツが鬼の首をとったかのように
引き留める。
「ちょっと勉。宿題やってないでしょう! やってから出かけなさいよっ!」
「うるっさいな。学校でやってきたんだよ。誰かさんと違って、時間を有効に使っ
ているからね」
「なぁんですってぇ!」
葵が靴を履こうとする俺の襟首をつかんだ。その手を振り払おうとした俺の手が、
勢い余って葵の頬にあたった。いや、叩いた、と言ってもいいくらいの勢いだっ
た。しまった、と思ったのも束の間、葵の頬は赤くなり。
「何するのよっ!」
葵がキッと俺を睨む。ここで泣くようなヤツじゃない。後ろめたさを秘めつつも、
俺は言い返した。
「余計なことをするからだろう!」
「何よ、それ! ひとを叩いといて! 謝ったらどうなのよっ!」
「うるさいなっ! 先に手を出したのは、そっちだろうっ!」
まさに取っ組み合いになる、その寸前。
「その辺でやめておけ」
湊が現れる。のっそりと、その見上げるほどでかい身体を俺たちの間に割り込ま
せ、俺たちの手を掴む。
「勉。女の子にむかって手をあげるもんじゃないよ」
「葵のどこが“女の子”なんだよっ」
ムッとした俺が言い返しても、湊は余裕で笑ってやがるし。
「葵も、すぐに手をあげるもんじゃないよ」
そう言われた葵は、湊にはやけに従順だし。葵と目が合うと、あかんべーをして
ふんっ、とそっぽを向いた。

 「トムくん。出かけるのなら、おやつにこのクッキー持って行きなさい。 ひかり(俺
たちの母さんだ)が、仕事へ行く前に焼いていったから」
クッキーがたっぷりと入った袋を手に、彩季子おばちゃんが奥から現れた。
「暗くなる前に帰ってこないと、夕飯はなしだからね?」
にやりと笑ったおばちゃんに念を押され、俺ははーい、とこちらは従順に返事を
する。何しろ、この間うっかり暗くなるまで遊んでいたら、本当に夕飯を食べさせ
てもらえなかった。湊がこっそりとおにぎりを持ってきてくれたけど、あんな事は
二度とごめんだ。
「いってきまーす!」そう言って玄関を出れば、「気を付けてね」とおばちゃんの
声が後ろから追い掛けてきた。

 俺と葵と湊。父さんと母さんと彩季子おばちゃん。
俺は、葵と張り合い、力でも勉強でも決して敵わない湊に甘えた。母さんに褒め
られ、彩季子おばちゃんに小言を言われ、父さんに剣道を教えてもらった。湊
だってそうだ。父さんが湊に説教をすれば、母さんが庇い、彩季子おばちゃんが
仕方ないわねぇ、と笑った。

 お菓子作りの得意な母さんと、料理の好きな彩季子おばちゃんが、いつだって
俺たちのために美味しいごはんを用意してくれて。週末になると父さんが、俺た
ちをあちこちに連れ出してくれた。
父さんも、母さんも、彩季子おばちゃんも、みんなそれぞれに忙しかったけど、
みんなでそれぞれを補い、俺たちは暮らしていた。
ずっと、そうやって続いていくのだと、俺は疑がうことすらせずに、そう思って
いた。

 けれど。
何事にも終わりがるのだと、永遠に変わらないものは決してないのだと思い知っ
たのは、年も明け、俺と葵が4年生を間もなく終わろうとする頃だった。

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